公益社団法人 北海道国際交流・協力総合センター
HIECC/ハイエック(旧 社団法人北方圏センター)
Hokkaido International Exchange and Cooperation Center
公益社団法人
北海道国際交流・協力総合センター
Hokkaido International Exchange and Cooperation Center (HIECC)
北海道国際情報ネットワーク
札幌市のムスリム・コミュニティ
調査研究部 森内壮夫
※本稿は季刊HOPPOKEN163号に掲載した同タイトルの記事をホームページ用に加筆したものである。
札幌マスジド外観
札幌マスジドでの礼拝
ある冬の金曜日、正午の札幌マスジド(モスク)。「アッラー以外に神はなしと私は証言する。ムハンマドはアッラーの使徒であると私は証言する。礼拝のために来たれ。成功のために来たれ」抑揚をつけたアラビア語のアザーン(祈りへの誘いの朗唱)に呼びこまれるように、信者が次々と礼拝室に集まってくる。アザーンが終わるとこの日のイマーム(導師)が英語で説法を始める。この日の説法はハラール(イスラームで赦されたこと)の重要性についてである。「研究に没頭して空腹になり、ハラールではない食べ物を口にしないように。肉体的な欲望を満たすことは簡単だが、そういう時こそアッラーのことを考え、ハラールの大切さを思い出すようにしてほしい」と留学生が多数を占める信者に対し説く。取材当日、マスジドを案内していただいたタウフィーク・須見さんと筆者以外はすべて外国人信者である。集まっていた60数名の信者は東南アジア系、中東系が大多数を占め、数名のアフリカ系が混じる。イスラームの集団礼拝は毎週金曜日と定められており、札幌マスジドでも毎週行われ、多い時には100名以上の信者が集うという。
金曜日の集団礼拝風景
取材した日には、外国人信者60~70名が祈祷をしていた
日に5回の礼拝時間が掲示されている。季節や地域により礼拝時間が変わる
日本人ムスリム用のクルアーン
礼拝室は男女分かれて設置されている
洗浄室も完備されている
集団礼拝に参加できない場合は、個別に礼拝に訪れる
イスラム教徒人口
日本政府はイスラーム教徒を含む宗教別人口統計資料を作成していない。宗教統計に明るいアメリカのシンクタンクPew Research Centerによると、日本には18万5000人(2010年)のイスラーム教徒が定住しているという。では、北海道にはどのくらいのイスラーム教徒が暮らしているのか?法務省の在留外国人統計に基づき、イスラーム教徒が多数派の国を出身とする道内在住外国人の数に、当該国のイスラーム教徒比率を乗じて計算したところ、おおよそ1000人強のイスラーム教徒が道内に暮らしていると算出される。あくまでも理論上の数字ではあるが、道内在留外国人22000人のうちの4.5%を占める計算となる。配偶者が入信したケースや日本人イスラーム教徒を加えると、数はさらに増えるだろう。出身国別でみると、インドネシアが200名と突出しており、バングラデシュ、中国、マレーシア、パキスタン、エジプトがそれぞれ100名前後と続く。大多数は札幌近郊の大学に通う留学生や研究者と推定されるが、中には中古車商や飲食店経営者等の永住者も少なくない。
北海道イスラミック・ソサイエティ
道内のイスラーム教徒集住地域である札幌市と小樽市にはそれぞれモスクがあり、イスラーム教徒コミュニティの信仰の支えとなっている。札幌マスジドは、宗教法人北海道イスラミック・ソサイエティ(以下、HIS)が管理している。1990年ころから賃貸家屋の仮の礼拝所を使用していたが、礼拝施設の利用者や日本全国の信者からの寄付を受け2007年に中古物件を約3千200万円で購入し改装した。建物の看板には英語で「Sapporo Masjid 」と記されているが、イスラーム的な意匠を凝らしていない建物は、一見してそこがモスクであるとは気づきにくい。内部は男女別の礼拝室やウドゥー(清浄)のための洗浄施設を設置するなど礼拝に必要な最低限のリフォームを行っている。HISは1992年に北海道大学の留学生が中心となり任意団体として設立され、2010年には宗教法人格を取得した。運営責任者は毎年選挙で決定し、現在の代表責任者はバングラデシュ出身のチョウドリィ氏(当時)が選ばれている。礼拝のほかには勉強会の開催や、ムスリム同胞旅行者の宿泊場所としても利用されている。近隣住民との軋轢は集団礼拝時の自転車の駐輪等についてくらいで、宗教的な迫害はほとんどないという。
北海道イスラミックソサイエティの会長(当時)、チョウドリー氏(右)と取材した日の説教師
HISの活動で特徴的なのがイスラーム墓地の取得である。教義上火葬は禁忌であるため、イスラーム教徒は土葬が基本である。衛生的な観点から火葬のみを認めてきた日本において、イスラーム教徒の土葬墓地用地取得は困難である。現在全国でイスラーム教徒用の霊園が数か所しかないが、そのうちの一つがよいち霊園(余市郡余市町梅川町563番地25)である。もともとは札幌に住んでいた敬虔なキリスト教徒が土葬墓地を探していた際に、よいち霊園が協力し、土葬を許可した経緯があるが、それを知ったHISがはたらきかけ、イスラーム専用墓地取得の実現に至った。現在取得済の区画面積は128㎡(1区画=4㎡、32区画)で、数名が埋葬されている。埋葬には初期工事費用に10万円程度必要で、維持費に任意のサダカ(寄付金)を募り、管理している。
イスラーム圏インバウンド訪道旅行者への対応のうごき
2012年9月千歳市にあるアウトレット・モール・レラが商業施設では全国に先駆け、礼拝室を設置した。続いて12月には、新千歳空港の国際線ビル2階に120㎡の礼拝室が試験的に設置された。2014年冬には三井アウトレットパーク(北広島市)でも同様の施設が新設されている。宗教を問わず誰でも利用できる空間であり、洗浄用の水場(レラ)や真北を示す印が設置されている。全世界的には国際空港の礼拝室設置は、いわばスタンダード、ない方が珍しく、日本では成田空港を手始めに設置が少しずつ進んできているものの、対応の遅れが目立つ。世界各地域のハブ空港には、場合によっては異なる宗教専用の礼拝室を設けていることもある。北海道では、ASEAN地域の訪道層が従来の華人中心から、イスラーム教徒の富裕層へシフトしてきており、そのうごきを見据えた対応として、最近急づくりで設置され始めてきている。
一方で、加森観光のルスツリゾート(留寿都町)はリゾートホテルとしては全国に先駆けて、2012年10月にマレーシアハラルコーポレーション株式会社から「ローカルハラール」の認証を取得。翌年からはインドネシア人ムスリムのフードアドバイザーを雇い、「ムスリム・フレンドリー」な食事を提供している。使用材料や成分がわかりにくい日本の食事を不安視するイスラーム教徒に対して、安心して日本の食事を楽しんでもらうためのホスピタリティの一環だ。世界で16億人、ASEAN地域だけでも2億5千万人のイスラーム教徒市場を視野に、積極的にマーケティングを進めており、既に大口ツアー客の利用があり手ごたえを感じているという。U.S.Halal Associationによるとハラール食産業は全世界の食産業の16%のシェアがあり、ASEAN地域ではマクドナルド、KFCなどの世界的な外食チェーンが早くからハラール商品を提供し、域内での収益を上げている。ASEAN地域から特に人気の高い北海道でハラール対応を充実化させることにより、潜在的な観光客獲得の期待が持てるといえよう。
札幌で中古車と建設機械の輸出業を営むパキスタン人のアリフ・ハニフさんは「日本はムスリムにとって暮らしやすい土地であることは間違いない。日本人は親切だし、差別や悪意のある迫害は少ない。ただ、ムスリムにとっては食べ物の原材料を知ることは非常に重要。多くのイスラーム旅行者の来道を望むのであれば、レストランのメニューや食品・成分等の英語表記は最低限必要。食べれるか食べられないかはムスリムが各々判断を下す」と話す。アレルギー成分表示が義務づけられている現在、対応は難しくは無いはずである。
千歳空港の国際線ロビーの近くに礼拝室が設置されている
アウトレットモールレラの礼拝室は利用頻度が高いとのこと
プレハブの建物ではあるが、男女別の礼拝室が設置されている
洗浄室(ウドゥー)も完備されている
宗教法人日本ムスリム協会札幌連絡事務所代表タウフィーク・須見さんインタビュー
モスクの前に立つ須見さん
宗教法人日本ムスリム協会札幌連絡事務所代表のタウフィーク・須見さんにお話をうかがった。須見さんは10数年前にイスラームへ入信後、インドネシア人の女性と結婚し、2度のメッカ巡礼を経験した、札幌在住のムスリムである。
***イスラームの魅力についてお聞かせください。
「まず、イスラームは易しい宗教であることです。イスラームの教えは日本の道徳観念と似ている点が多く、受け入れやすいものでした。また、イスラームはアッラーと信仰者の1対1の関係が基本です。信仰に牧師やお坊さんのような介在者が存在しません。イスラームの信仰を個人個人のペースで行うことが可能で他の人間によって強制されないことも魅力です」
***札幌でイスラーム教徒であることについて、何か感じることはありますか
「最近の日本人は宗教的な活動に関して無関心であるか、マスコミによって形成されたフィルターを通して見るという印象があります。特にムスリムに対しては、911以降全世界を席巻したネガティブ・プロパガンダが日本人に少なからず、影響を与えている印象があります。札幌で直接的な宗教的迫害に遭遇したことはありませんが、イスラームが正しく理解されていないことが原因で誤解されることはあります。イスラーム教徒の友人数名と普通に一緒に歩いていただけで、突然警察に通報されたこともあります。(笑)。特徴的な装束が目立ったのかもしれません。そういうことをきっかけに、正しいイスラームを知って頂ければ本望です」
***札幌で日本人のイスラーム教徒は増加しているのですか?
「私は昨年3人の日本人の入信に立ち会いました。近年は、年間数名の入信者がいます。今後も増加する傾向にあると思います。」
***旅行者として来道するイスラーム教徒が増加しているようですが、接する際にどのような点に留意が必要ですか
「接する機会が多い方は、是非正しいイスラームの知識を得ていただけたらと思います。また一口にイスラームといっても、出身国や地域、民族等により多種多様な文化があります。ですので、宗教面と文化面両方からの理解が必要だと思います。また、人間ですから敬虔なムスリムもいれば、そうではない者もいます。イスラームと文化的あるいは人間的な事柄を混同せず、対応いただければいいと思います」
***イスラームと接する機会が増える傾向にある中、行政に期待することはありますか?
「信仰に関しては、行政にも正しい宗教的知識を知ってもらうことを期待します。イスラーム圏からの観光客の受け入れに関しては、他国と比較して対応が遅れている感が否めません。イスラーム人口を大きなマーケットとして捉えると同時に、バランスの取れた国際化が必要だと感じています。せっかく来てくれるお客様ですから、必要最低限のおもてなしとして、相手のことを知ることが必要です。そうすることでトラブルの未然防止にも繋がりますし、結果的に、来道者の増加につながると思います。過去の中国人、韓国人、ロシア人等への対応経験を生かし、先手を打つことが大切だとも感じています。北海道は世界的に見てもブランドです。イスラーム教徒を呼び込むことは、観光に限らず北海道を元気にするチャンスだと思っています」